パニック障害で一番辛いのはやっぱアレ
タイトルが若干釣ってる感じがしますね…
こんばんは。りんぺーです。
今日もパニック障害について書いていきます!
さて、タイトルにある一番辛いアレとは、ズバリ、アレです。アレだよ。
そう!アレです!(すみません)
「日々の孤独感」ですよ!!!
パニック障害は外に出れない方や僕みたいに外に出たりはできるけどいまいち学校とかが無理そうなパターンまで様々です。
僕の場合、受験勉強を毎日一人でやるのに孤独感を感じます。予備校とかでみんなで目標に向かって、というのが理想なんですが、パニック障害がやっぱり邪魔です。
まだ学校とか言ってるだけマシですが、専業主婦や地方で一人暮らしの人はマジで地獄です。発作が起きたとき助けがないのは辛いし、逆に孤独感による発作誘発も少なくないです。
人間は贅沢な生き物で、「一人」になりたいときはあるけど「独り」はストレスです。
周りにパニック障害を抱えてる人がいたら、「会話」というのは誰にでもできる治療法かもしれません。
パニック障害患者は意外とこんな場所も苦手!
こんばんは。りんぺーです。
パニック障害は主に電車や職場、学校、緊張する場面でよく起こるというのはある程度世間に浸透してきた知識かと思います。
しかし、症状には個人差があり、例えば僕は閉所は逆に好きなくらい大丈夫なのですが、閉所で発作を起こしやすい人もいます。
その場所が少数派になればなるほど、「ここが怖いって俺重症なのかな…」って思ってしまいます。
そこで今回は一個人として僕がパニック障害を起こしやすいマニアックっぽい場所を紹介し、患者さんの不安の軽減や、これからパニック障害など神経症を学ぶ方の知識になってもらえればなと思います。
①何かを待ってるときの人の列
理由:途中で抜け出したいけど変な人と思われそうで我慢してしまう。
②焼肉屋や銭湯
理由:焼肉で出る煙が発作を誘う。銭湯の息苦しさが発作を誘う。露天はOK
③駅
理由:電車の轟音や、これから家を離れるんだ…といった不安にかられる
僕が自分でマニアックだと思っている場所は以上です。駅と焼肉屋は今はほぼ治っています。当時はもう快速電車とかの迫力といいますか、それに発作が出まくりでした笑笑
他にも人によって出やすい場所があると思うので、色々な方の話を聞きながら理解を深めていきます。それでは!
パニック障害の薬を治ってきたからといって勝手にやめてはいけない理由
こんばんは。昨日の記事のアクセスがいつもより増えていて、嬉しいりんぺーです。
今日のタイトルは「パニック障害の薬を治ってきたからといって勝手にやめてはいけない理由」です。
これについては僕も何回かやってしまっています。
体調がいい日がずっと続いてる時や、忙しくて薬を飲むのを忘れていた時が重なり1週間くらい飲みませんでした。
1週間くらい経った頃、何分かおきに頭がぐわ〜となってのぼせたような嫌な感覚に襲われるようになったのです。僕は神経症の新しい症状と信じ込んでしまい、薬をまたしっかり飲むようになりました。
それからまた薬を飲まない時期が来て、同じ症状が出ました。意外とその時冷静だったもので、薬をやめたらどうなるかを検索しました。
すると、「離脱症状」というのがヒットしました。これが丁度僕の薬をやめたときの症状にそっくりで、詳しく調べます。
どうやら今まで飲んでいた薬をいきなりやめると、体が薬の物質が入ってくることに慣れていたのが急に入ってこなくなり、一時的に体のバランスが狂うようです。
最近、自分の判断で薬をやめて体調が尚更悪くなったという方、もしかしたら離脱症状かもしれません。薬は医師との相談の上で調節してくださいね。
それでは!
4年間のパニック障害との戦いを年表にしてみた
こんばんは。
昨日は帰りが遅く、ブログを更新出来ませんでした(-.-;)
今日はパニック障害4年目の私がどんな風に発症して、どう戦ったか、今はどうなのか。それについて書きます。あまり文字で長くても読みにくいので、年表という形にすることにしました。それではどうぞ
2011年:当時中学一年生。ソファで漫画を読んでいたところ、突然過呼吸に。布団に横になったらおさまったものの、ここから色々と崩れ始める。食事が喉を通らない、偏頭痛が頻繁に起こる、合唱中に息が切れて歌えない等
2012年:中学二年生。ここで転校があった。新しい環境や都会ならではの勉学の競争にストレスがあったかもしれない。意味も無いのに死にたくなる、感動モノの映画やテレビを見ると感情移入しすぎる、まばたきが異常に多く、そして強い。授業をまともに受けれなくなる。そして不登校へ…
2013年:中学三年生。流石に学校に行かないと進路や将来が危ないと思い、無理矢理行き始める。しかしそんな簡単に治るものではなく、結局中学三年生は30日も登校しなかっただろう。卒業は後日校長室で小さくやった。
2014年:通信制の高校になんとか入る。友達もできて良い傾向だと思っていた。しかしやっぱり授業は無理で、留年の通知。
2015年:高校二年生。遂に高校も中退。最後の砦である高卒認定試験(旧大検)にいつでも退室可能な特別措置で受験。合格して大学への挑戦権を得る。
2016年:実質高校三年生(笑)。このころから自分に対する考え方、パニック障害への向き合い方が変わった。今までは外に出て学生と出くわすとなんとも情けない、切ない、羨ましい気持ちになったのだが、もうそんな事は思うだけ無駄だということが分かった。これから焦らずゆっくりと自分に向き合おうと決心した。
2017年:大学受験はもう何年かかってもいい。勉強はどこだってできるし、まずは同じ苦しみを持った人と交流し、パニック障害になりたてなら自分の4年分の経験を、自分より年月が長い人からはアドバイスを、それで多くの人と関わっていこうと思う。平日は家にいます。土日はバイトができるようになりました。それでいいんです。普通の人生なんて無いです。自分はこういう人間ですと半ば開き直ったとき、パニック障害への恐怖はほぼ消えました。
年表にしても長かったですね笑
僕のパニック障害人生はこんな感じです。他にも細かなこと書いてないんですが、またちょこちょこと足していこうとおもいます。ツイッター@rinpeko823ではDMなどで相談も受け付けています。一人で悩まないで下さい。是非一緒に治していきましょう。
それでは!